サビアン日記304 -1 牡羊座06度から10度 チルチルの国ミチルの国

牡羊座06度
●一辺が明るく輝いている四角
★加圧して反作用を起こす

牡羊座07度
●二つの領域で同時に自己表現する男
★天と地と 抽象と具象を行き来する

牡羊座08度
●女性の大きな帽子のリボンが東の風に揺れている
★力を抜いて風の音を聴く

牡羊座09度
●水晶球をのぞく人
★そこにあるものから、世界のしくみを見出そうとする ああ水晶の玉は地球のミニチュアだなあ、とか

牡羊座10度
●教師が伝統的な象徴イメージに新しく言い換える
★自分で見つけて自分で表現する


ジオセントリック(地球から太陽をみる)牡羊座06度から10度のときの
ヘリオセントリック(太陽から地球をみる)の流れ

天秤座06度
●内的なヴィジョンが形になっていくのをただ見つめている男
★固定した役割、立場などに固執しないでいるから、共同でヴィジョンが実現する

天秤座07度
●ヒヨコに餌を与え鷹から守る女
★ドアを大きく開きすぎて、風通しがよすぎて私の領域が消えそう

天秤座08度
●廃墟の暖炉で火が燃えている
★自分を自分にしている最初の動機が湧き上がってくるのを待つ

天秤座09度
●三人のマスターの絵
★先人の書物に学ぶ もう亡くなっている人で三人以上、そうじゃないと偏るから

天秤座10度
●急流を抜けてカヌーが静かな水面に辿り着く
★知識と体感を合わせて本当の知を完成させる

天秤座06度から10度 太陽から地球へ
ぎりぎりまで空っぽに透明になって、それでも自分を自分の色にまた戻そうとする炎を見つける





牡羊座06度から10度のおはなし

 チルチルの国 ミチルの国


 1 うんもんも

 うんもんもは毎朝ひとりでおさんぴします。

うんもんも、というのはその子の名前です。おさんぴ、はおさんぽ、の、ぽをぴに変えたもので、お散歩ではなくお散飛、ふらふら飛ぶこと、です。そうです、うんもんもは飛ぶことができるのです。といって、うんもんもたちにとって、飛ぶことはそう特別なことではありません。だけれども、うんもんもは鳥というわけではない、ぬいぐるみです。

 うんもんもは全身が白い短い毛に覆われています。ぱっと見た感じ、大きめの白いウサギが丸まってこちらにお尻を向けている、そんなふうです。でもうさぎみたいに長い耳はなくて、まん丸い全身の、中心より少し上に黒い目が二つ離れ気味にくっついています。まん丸だと、ころころ転がってしまうからか、身体の下側が瓶の底みたいに平らになっています、そして、目よりやや下の位置の両脇に手のような、耳のような、お魚のひれにみえないこともない……そういう半円形がちょこんちょこんとくっついている、うんもんもは、そんな形をしています。そう、うんもんもは、大きな太った埴輪に似ています。

 ぬいぐみはふつう飛ばないかもしれません。でもうんもんもは飛びます。飛ぶというより浮き上がって移動する、それってなんだか幽霊みたいですけれど、うんもんもは、やっぱりぬいぐるみに見える。見えるけれども、飛ぶぬいぐるみなんて聞いたことがないから、うんもんもはぬいぐるみではないのかもしれない。あるいは、人間が、ぬいぐるみが飛べることに気が付いていないということなのかもしれない、もしくは、ほとんどのぬいぐるみはやはり、飛んだりはしないのだけれど、うんもんもたちはそのなかの飛べる種である、ということなのかもしれない。まあ、ともかくうんもんもは、見た感じぬいぐるみだし、住処としているのは、とある人間の女の子の部屋のベッドの片隅。それもいかにもぬいぐるみらしい。


 うんもんもは毎朝ひとりでおさんぴするのだけれど、本当はひとりでなど出掛けたくはないのです。でも、うんもんもの仲良しは、飛べるくせに高所恐怖症であったり、朝昼は眠っている夜行性だったり、それに何より、単独行動を好むタイプなのでした。それで、うんもんもはひとりでおさんぴするようになったのです。ひとりでいることは好きではないけれど、おさんぴと朝いちばんの空気は大好きだから。

うんもんもがぶつぶつ何か言っています。

 あー、朝の空気ってなぁんて気持ちいいんだろう、まだみんな眠っているんだからなあ……お日さまがまだ昇る前の、この空気がいちばんなのになー。もーいやになちゃうんだ、みんな寒い寒いっておふとんのなかで丸まってるんだからねー、うんもんもは寒いのだーい好き、ふんふふーん……、今日はお空まっしろだなあ……。

 朝日の昇る直前の薄明かりの今日の空は、一面雲に覆われています。まっしろな空を見上げて、うんもんもは仰向けに上昇していきます。まっしろな空にまっしろなうんもんも。ぷかぷか浮かんでぷかぷかぷかぷか。どんどん、どんどん高く昇っていきます。

 うんもんもが歌っています。

 まっしろしろのお空
 どこまでどこまでお空かな
 どこまでどこまで飛んでこう

 まっしろしろのお空はお空は
 そのうちそのうち宇宙になるよ
 お空はお空は どこからどこから
 宇宙に宇宙になるのかな

 お空はお空は まっしろしーろ
 宇宙は宇宙は まっくろくーろ
 まっしろしろはまっくろくろに
 どこからどこからなるでしょう

 うんもんもは高く高くずんずん昇っていって、もう下を見ても、うんもんもの住む街も見えなくなってしまいました。 上も下も、右も左も、まっしろしろです。もっともっと昇っていったら、なんだかもうお家には帰れないような気がするけれど、なぜだか、ぷかぷか浮かんでいることが心地よくて、昇っていくことが止められないのでした。


 まっしろしろなお空
 うんもんももまっしろだからね
 うんもんもはお空に
 とけていくのかもしれないな
 とけちゃったら
 もうみんなに会えないな
 でもね
 うんもんもは
 お空ぜーんぶに広がるんだから
 いつでもどこでもだれにでも会えるよ
 
 うんもんもは目を閉じました。

 あれ
 いままでぜんぶまっしろしろだったのに
 こんどはぜんぶまっくろくろなんだー
 わあ
 まっしろしろななかの
 うんもんものおなかのなかは
 まっくろくろなんだねーえ

 まっくろくろでどこまでも
 どこまでもどこまでも
 お空みたいに果てがない
 
 お空はお空は まっしろしろ
 まっくろくろは うんもんものなか
 まっくろくろで果てがない
 ああ
 うんもんものなかは 宇宙なんだ

 宇宙 宇宙 宇宙には
 ぴかぴかしてる星星が
 うんもんものおなかにも
 星たちがぴかぴか光っているかしら

 うんもんもはじっと闇に目を凝らしました。
すると、ちらちらと光る粒子が、真っ暗闇の一面に現れたのです。
 
 わあ お星さま こんなにたくさん

 星たちはきらきら輝きながら、ゆっくりと下降していきます。シャリーン、シャリーンというかすかな音が響いてきます。
 
わあ 星が降ってく

 うんもんもは、目を開きました。ふたたびまっしろしろの世界。シャリーン、シャリーンという音はまだ響いています。ちらちらと降ってくるもの……雪です。まっしろな空一面の雪。ゆっくりと、銀色に輝きながら下に降りていきます。うんもんもの毛の先にも小さな雪片がとまっています。銀色の雪たちは、柔らかな朝日に照らされると、ピンクや水色にきらめきます。うんもんもは、雪たちと一緒にゆっくりと降りていきました。

 ベランダの窓をすりぬけてお部屋に入ると、お湯がしゅんしゅん沸く音がして、いつもの朝のコーヒーの香りがしています。うんもんもの毛の先に止まっていた雪のかけらたちはふっと消えてしまいました。いつのもベットの隅に戻ると、きいのちゃんはもう起きて読書しています。きいのちゃんは、うんもんものなかよしのぬいぐるみです。

 きいのちゃーん、あのねー雪降ってきたー それからねー、うんもんもはねーえ、はらぐろい。

 きいのちゃんは、目をぱちくりんとして、本から顔をあげてうんもんもに何か言いかけましたが、うんもんもは、 報告した途端、急にとろんとして、クッションの後ろに半分埋まるようにして眠ってしまいました。目の上の毛が下向きになって眠そうな表情だけれど、目は開いたままじっと動かず、うんもんもはやっぱりふつうのぬいぐるみに見えます。


続く。。。
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# by shizukushizuku | 2014-11-21 04:24 | Comments(3)

サビアン日記304 -2 牡羊座06度から10度 チルチルの国ミチルの国 つづき

 2 チルチルの国

 チルチルは季節の国の子どもです。
 季節の国は、地の国と天の国の中間にある、季節の使いたちのいるところ。季節の使いたちはみな、天を見上げるのと同じように地を見つめ、遥かな国へと思いを馳せています。

 今日は、新米の冬の使い、チルチルが初めて地の国へと降りてゆく日です。地上に真っ白な冬をもたらすため、初雪を降らせるのです。
 季節の国の子どもたちはみな、七歳になると季節の学校に入学します。そして、六年生の十二歳で初仕事、その年に初めて地上に降りてゆくのです。チルチルは今年十二歳になりました。いよいよ初降下のときがやってきたのです。

 ところで、みなさん、季節はいったいどうやって地上にもたらされると思いますか。季節というのは触ったり、はっきりと見つけたり、そのままにとどめておくことができません。なんだか正体不明、それでいて、新しい季節がやってくると、世界全体がさっと塗りかわって、知らぬ間に人々の心の色まで変化している、あやふやなのにやけに強力なもの。これって何かに似ていませんか。
 そうです、これは音楽に似ているでしょう。季節は音楽のようなもの。季節の使いたちは、音楽を奏で、歌い、踊ります。春の使いたちは春を、夏の使いたちは夏を演じるのです。そうしながら地上に降りてくる、そうやって季節がもたらされるのです。

 初降下の今日の日を思い描いて、チルチルは一生懸命に冬のまいを練習してきました。使いたちにはそれぞれ役割があって、楽器を演奏する“かなで”、歌の“うたい”。舞踊の“まい”、そのいずれかを担当します。チルチルは、冬のまい、です。季節の使いたちはみな、地の国に神聖な思いを抱いていますから、演じるときの使いたちは、神さまに対するように真剣です。

 「美しい冬を地の国にお届けできますように」
 チルチルは繰り返し繰り返し心のなかで、こう唱え続けています。そうしながら、冬のまいになりたいと、初めて強く思った日のことを思い出していました。

 それは四年生の始まりの日でした。その年に四年生になる生徒たちが全員、スフィアと呼ばれている球形大劇場に集まりました。スフィアは、内側に映像を映す球形の巨大な劇場で、ちょうどプラネタリウムを上下に合わせて閉じたような格好です。上下の真ん中で輪切りにした位置に映画館のような椅子が中央の舞台を向いてずらりと並んでいます。椅子は真ん中を向いて、何重も並んでいますが、ここは舞台を見る劇場ではなく、外側のスクリーンを見るためのものですから、映写が始まると、椅子の背もたれがぐっと倒れ、天井を仰ぐかたちになります。さらにこの劇場は球形で全方位映写ですから、床がゆっくりと360度回転するようになっています。ですから、それぞれの椅子にはジェットコースターの座席のようなシートベルトがついています。といっても、季節の使いたちは、空中浮遊は得意、というか当たり前のことなので、落っこちるということはまずありえないのですが。このスフィアは大変に大きなもので、四年生全員が座っても座席の一列目がやっと埋まるくらい、後ろに何重もの席がずっと続いています。特になにか映写されていなくても、真っ白な巨大な球の内部というのは、なにか圧倒的な空間です。隣の子の話しかける声がまるで、山彦の呼び声みたいに遠く聞こえます。
 スフィアはとても大切にされていて、特別なときにしか開かれません。春分夏至秋分冬至のお祭りと、この四年生の始まり、それから二四七歳のお祝い、そのときにだけ開かれるのです。

 季節の学校では、一年生から三年生までは生徒たちはみな同じことを学びます。楽器の演奏、歌、舞踊、それらすべての基礎を練習するのです。四年生からは専門課程になります、四年生の始まりの日に、ひとりひとりの季節と役が決まるのです。その日、生徒たちはスフィアで春夏秋冬、すべての季節の演を体験します。その体感によってそれぞれどの季節の何の役になるかが決まるのです。どの子もすでに何となく、好きな季節、憧れている役があるのですが、このときの実感で、やりたいことが全く変わってしまうこともあります。いいえむしろ、そういうことのほうが多いのです。

 中央の舞台に、春、夏、秋、冬の先生が立っています。司会は春の先生。若い男性で、黄味のあるピンク色のセーターに白いパンツ、その白パンツの脚がすらりとまっすぐに伸びています。澄んだ声がスフィアに響き渡りました。
 「みなさん、おはようございます。今日から四年生、おめでとう。私は春のうたい、モツアルンです。これから、この大きな劇場内に、春、夏、秋、冬を起こしていきます。みなさんは、今日一日のうちに、すべての季節を通り抜けていくのです、とても大切な体験です。こちらに、みなさんをそれぞれの季節へと案内する先生がたがいらっしゃいますのでご紹介いたします」

 「こちらは夏のまい、ゴギアンヌ先生です」
 ゴギアンヌ先生は、背は小さいけれど、たっぷりとした体格で、堂々として存在感があります。年齢は、おばさんとおばあさんの中間くらいの感じ、くるくる巻き毛の赤い髪が横に大きく広がっていて、隣に立っているモツアルン先生がまっすぐの針金みたいに見えます。黒地に鮮やかな原色の動植物の刺繍が施された裾の長いドレスを着ています。真っ赤な口紅の口角を、にっとあげて笑顔をつくると、まん丸な体型からは想像できないほど機敏な動きでぱっと一礼、それだけなのに、ゴギアンヌ先生は、なんだかとても華麗なのでした。

「そして、秋のかなで、ハクシウレ先生」
 柳の葉が揺れるみたいにお辞儀した、先生の長い薄茶色の髪がさらさらと肩をすべるように流れ落ちました。薄い生地のベージュ色のセーターに同じ色のパンツ、その柔らかそうな生地がほっそりと背の高い身体を包んでいます。オリーブ色、山吹色、くすんだピンク色、そんな複雑な色々が滲んだ、透ける素材のショールを肩に掛けていて、お辞儀し終わったあとも、風を含んだショールは、ゆらりと宙を漂っています。チルチルは、もともと何となく、秋のまいになりたいと思っていたのですが、ハクシウレ先生があんまりきれいなのにうっとりして、私も秋のかなでになりたいな……と路線変更を考え始めていました。たぶんだけど、モツアルン先生はハクシウレ先生が好きだよなあ、結構お似合いだけど、うーん、ちょっとモツアルン先生軽いかなあ……、うーん、がんばれ、モツアルン先生!、なんて余計なお世話まで心のなかで焼いている。

「それから、冬のまい、ゼンアミ先生です」
 白い素っ気ないシャツにねずみ色のジャケット、同じ色のズボンと、ずいぶん地味なのだけれど、ぱさぱさの真っ白い髪が肩の辺りで切り揃えられていて裾が扇型に広がっています。それが白い山を頭にかぶっているみたいで、なんだか神さまか天才奇天烈科学者みたい。軽く一礼した先生が顔を上げたとき、その顔から肩にかけての左半分がふっと透きとおって、あ、うつろい、と、生徒たちは気がつきました。

 季節の国にはときどき、うつろいが現れます。うつろいとは別の国に旅立つもの、ここから移りゆく者で、ふとしたときに身体が透けて見えることで、そのひとがうつろいだとわかるのです。旅立ちは、明日かもしれないし、ずっと後かもしれない、もしかしたら次の瞬間なのかもしれない。でもそれは、本人にも誰にもわからないことなのです。うつろいは、季節の国ではとても神聖視されています。なぜなら、その透けた身体は内側の、光が強くなっていることのしるしだと考えられているからです。

 春のモツアルン先生の声が再び高く響きました。
 「それでは季節の演のはじまりです!それぞれの季節を存分に感じ取ってください、それではまいりましょうー」


 はじまりは春

さらさらさらさらさらさら……
銀の糸の細い雨
雨を含んだ土の色が濃くなり大地の匂いが立ちのぼる
雲が赤く染まる曙
朝が地上に訪れて温められた空気に土の匂いがますます膨らむと目を覚ます
冬の間じっと目を閉じ内なる宇宙を見つめていた木々
春の使いたちは大急ぎで木々の間を駆け巡る
挨拶を返すように硬い枝を破って現れるやわらかな花の蕾
その生気が空中に放たれる
しっとりと水気を含んだ黒い土には若草が萌え
使いたちが通りぬけた野は
あっという間に黄緑の絨毯

 生徒たちの座席はゆっくりと回転して、360度の春の演を感じ取っています。春の空気を胸いっぱいに吸い込むと、嬉しいようなくすぐったいような、なぜだかみんな微笑まずにはいられないような気持ちになります。生徒たちのなかには、聞こえてくる春の歌に合わせてハミングしたり、座席のベルトからすり抜けて空中で一緒に踊ったりする子もいました。でもチルチルは歌いもせず踊りもせず、じっとして春を身体に沁みこませるようにしていました。動いてしまったら、この嬉しい楽しいものが、身体からこぼれてなくなってしまうような気がしたからです。

春の音楽がひときわ高鳴って木に咲くうす紅の花が満開です。萌える花々の精に満ちて息を吸うのが苦しいほど。気密な空気に穴を開けるように風が立ち、花びらが降りしきる。花びら一枚一枚は白いのに全体はうす紅い。若草のころは胸がくすぐったいようだったのに、花散る春の終わりは胸苦しく喉が柔らかく締められているよう。

 さらさらと降る春雨、私はそれを受け止める器だったのに、そのうちに雨に圧倒されて、受け止めきれなくなって器は砕け散った。私は破片になった、破片とは中心を失ったもの。花が散る、溢れるものが中心から突き上がって花は散ってしまう。散ったものは、広がってゆく、海へ。


 夏

 ダダダダンッ
 しんと静まったスフィアに力強く響き渡ったのは、夏のゴギアン先生が、踵を舞台に叩きつけた音でした。

夏のはじまり
ゴゴゴゴゴウ 地が唸る
天地を貫く稲光に世界が真っ白になる
真っ二つに割れる大樹
獲物を狙う鷲のように急降下する夏の使いたち
真逆さまに落ちていく星の破片
その軌跡は銀の剣
剣は雨になる
大地を叩きつけるスコール

夏の使いには男と女がいて
手をつないだかと思えば背を向けて
くるくるまわる 火花が散る
まるで戦争の舞い
きらめく衣装の意味は
相手に自分を知らしめること

次の瞬間にはどちらかの首が落ちる
見つめあう騎乗の将軍
交差する二本の剣
銀の光芒
鮮やかに孤立する 白と黒

 天の光は地に降りたいと願い、大地は光を掴もうと緑の腕を伸ばす。天と地、光と闇、別れたものが互いを求め合うけれど、決して届くことはない。それは、届いたらそのときにお互いが消えてしまうから、もし届いたとしてもそのことには気が付かず、すれ違ったときにだけそのことがわかる。

 私になる、そのために孤立することを選んだのに、私は私を孤独にするものを呪う。それはもちろん矛盾だけれど、そういう季節がある。なんという鮮やかさ。滲まないでいる、自分や誰かに出会うため。


 秋

 逆巻く熱砂の中心に空白地帯があると知らせるのはハクシウレ先生の笛の音でした。その細く冷たく冴えわたる音は、中心の空白を少しづつ広げていきます。こんな風に色々なものがどんどん消えていったら、お終いには、葉脈だけ残した葉っぱみたいに、みんな線だけになるかもしれません。

それぞれの色彩が際立った夏が過ぎると
その色は脱ぎ捨てられる
色はだんだんに表層に浮き上がって最後にぽろんと零れ落ちる
りんごや柿の実
その木の幹からは想像しがたい色をつけ
ぷくんと膨らんで最後には零れる 涙の粒みたいに
感情が離れた
そうしたら
そのとき物語が生まれる  

 金の輪を持つ秋の使いたちが巡るところ、あらゆる中心が空洞になっていく。空洞なものは鐘、すべてが鐘になる。鐘は響き、すべてが響きになる。色鮮やかな紅葉や果実は、脱ぎ捨てられた衣装。それらの色彩は混ざり合って黒い土に還る。中心の白、周辺の黒、その間に現れては消えてゆく色また色。空白になって透けていくものは、他のものと重なり合って新しい色になる。だから私にはもう一定の色がない。さらに葉脈だけになった私は、その枠の内がわにありのままの世界を切り取って見ることができる。ただし、いつでも、私の葉脈が重なっていて隠れているところだけは見落としてしまうのだ。けれどもそのことを私は知っている。




 蝋燭の火が吹き消されるように、最後の秋の色彩がふっと消えて無くなり、スフィア内は真っ白になりました。どこもかしこも、ただ白くて何もないので奥行きがわからない、そうするとだんだんその白さを、見ているのかどうかすら、よくわからなくなってきます。指先とか、隣にいるはずの子の肩でも見れば、自分の位置を確認できるのだろうけれど、白さがすーっと心に浸透してくるようなのが、怖いような心地いいような、今までに知らなかった感覚で、少しでも目線を動かしたらきっと、よくわからないままにこの感じは消えてしまう、そう思うと目線を動かせないのでした。

そのとき、冬のゼンアミ先生が舞台で一歩動いたことが生徒たちに伝わりました。みな舞台のほうを見ていないのだからわからないはずが、白さのなかでじっとしていると、空気の微細な動きまでが感ぜられるのです。

動かないでいる 何も見ないでいる
そうするとずっとずっと遠いところからの声が聞こえる
ずっと遠いところからの風の音
風の谷の神々の声
眠っているよりももっと静かに
空っぽにする
遠い声を受けとめるために

 真っ白ななかに現れたちらちらと光る粒子。上空から下降してくる無数の銀色の光は雪。雪は空のどこから生まれて雪になるのか。空はどこまで行けば宇宙になるのか。冬の使いたちの歌。雪はほんとうは空よりももっと遠いところから降りてくるのかもしれない。遠い宇宙の声を六角形のなかに封じ込めて、地上に運んでくるものなのかもしれない。
 
 チルチルのなかを白い雪が通り抜けていきます。ちらちらと光るものが胸の内側で、リリリリ、と鳴って過ぎていきます。チルチルにはこのことが、これまでに感じたどんな喜びよりもすばらしいことに思えました。
 私は冬の使いになりたい。雪の形を作る、冬のまいになりたい。私はきっと冬の使いになるのだろうと、チルチルは雪の冷たさ優しさを感じながらぼんやりと思っていました。ぼんやりと、でも心の深いところでは確信していたのです、必ずそうなると。


 「チルチルー 出番だよー」
 さあ、いよいよ、初降下です。

 いざ、出発! それっ!


つづく。。。
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# by shizukushizuku | 2014-11-21 04:23 | Comments(0)

サビアン日記304 -3 牡羊座06度から10度 チルチルの国ミチルの国 つづきのつづき

 3 ミチルの国

 ミチルは昨日、バレエ教室に向かう途中の電車で倒れ、そのまま病院に運ばれました。それからずっと眠り続け、丸一日が過ぎた今もまだ目を覚ましません。

 秋色の葉を運ぶ風には冬の冷たさがもう混ざってはいるけれど、午後の日差しは暖かな金色で、ミチルのベッドの足元を照らしています。そこには、ぺったんこうさぎのカメちゃんがしょんぼり座っています。カメちゃんは、いつもミチルの部屋のベッドにいるぬいぐるみです。昨日病院に大慌てで駆けつけたミチルのお母さんが、とるものもとりあえず、ぎゅうっとバッグに押し込むようにして連れてきたのです。
 カメちゃんは、全体がベージュ色で、おなかとしっぽの裏側だけが白く、長い耳はだらんと下に垂れています。目が眠そうな半開き、何を見ているのだかわからない、良く言えば、自己の内L面を見つめているかのよう……まるで亀。それでカメちゃんとなったのでした。
 お母さんが、お医者さまに呼ばれて病室から出ていき、カメちゃんはしんとした病室で心細げです。ただ、秋の日差しがカメちゃんを暖めて、ふわふわの一本一本の毛が、光を含んできらきらしています。

 ひょわわーっとな。
というのは、うんもんもが自らの飛来を告げるべく発する効果音(?)で、その声とともに今日もカメちゃんのところにやってきました。
・・・カメちゃーん、こーんにーちわわーっとな。ここどーこ?いつものところじゃないねーえ、ちょびっとさがしたよー。げーんき?・・・
・・・うんもんも、あのね、ここ、びょういんなの。ミチルちゃん、きのうたおれちゃってね、ずっとねむってるの・・・
 かめちゃんは、こらえきれず、ほろほろ泣きはじめました。
・・・どうしてなのー・・・
・・・わかんないの……たぶん、もうすぐね、めはさますとおもうんだけど、あさってのね、バレエのはっぴょうかいはでられないみたい…… ミチルちゃんすごくがんばってたのに……・・・
 カメちゃんは、ひっくひっくとしゃくりあげています。うんもんもも急にしゅんとして、ふわふわの毛が全部下向きになってぺしゃんとひとまわり小さくなってしまいました。ひとしきり泣いて少し涙のおさまったカメちゃんが顔をあげると、うんもんもが目にいっぱい涙を溜めていて、カメちゃんとぱちっと目があった瞬間に、ぽろんと大粒の涙がこぼれおちました。
 しまった……。うんもんもの涙をみたカメちゃんはギクッとしました。それは一度泣き出したうんもんもは、一日中泣き続けることを知っているからです。途中、泣きつかれて眠っても、起きたらまた泣く。泣きながらも遊ぶことはあきらめないので、ぽろぽろ涙をこぼしながら、お散飛したり、かくれんぼしたり、きのことりをしたり、おにぎりを作ったりするのです。
・・・うんもんも、ありがとう。かなしまないでね。ミチルちゃんきっとだいじょうぶ、とってもつよいからまたがんばるよ・・・
 かめちゃんはそぅっと言ってみたのですが、案の定、なぐさめられて、うんもんもの涙はさらに勢いを増したのでした。

 ぽかぽかの陽だまりになっている、ふたりのいるミチルのベッドの足元が、ぐわんと大きく波打ちました。ミチルが寝返りを打ったのです。
・・・あっ!うんもんも!たいへん!!ミチルちゃんおきる!!・・・
じゃーじゃー涙をこぼしながらも、うんもんもはぱっと全身の毛を立ててしゃんとなりました。
・・・じぃやぁあまたくるねぃぃぃっく。ミチルちゃんおだいじぃぃぃにぃぃっく。カメちゃんゲンキぃぃぃっく。ひぃよわわわわゎゎゎゎゎぁぁぁぁっっっとなぁ〜っく・・・
 ゴンッ、と窓ガラスがひとつ大きく鳴ったのは、いつもはスムーズなすり抜けに、うんもんもがちょっと失敗したからでしょう。

 目を覚ましたミチルは、自分が今どこにいるのかがわからず、仰向けのまま白い天井を見つめていました。……ここ病院だ……そうだ、電車の窓から黄色い蝶ちょが入ってきて、通路をひらひら飛んでって……。近づこうとしたら電車がガタンと急停車して……。
 ミチルがベッドから上半身を起こすと、ひっくり返ったカメちゃんが床に転げ落ちました。あ、カメちゃん。ベッドから出て、床に足をつけた途端、ズキンという痛みが頭の真ん中を縦に走り、驚きと痛みでミチルは少しの間、固まったように動けずにいました。カメちゃんを拾い上げるのに、そっと床に手を伸ばすと、足首にぐるぐるの包帯が巻かれているのに気がつきました。ドキーンと、頭の痛みを忘れるほどに心臓が強く打ちまし。バレエの発表会のことを思い出したのです。いったいどのくらい眠っていたんだろう、ドキンドキンと強く打って飛び出しそうな心臓を押さえるように、ミチルはカメちゃんをぎゅぅっと胸に抱きしめました。今日は何日なんだろう、足首は捻挫している……。今日はいつ……。
 ぼとぼとっと音を立てて白い床に涙がこぼれ落ちました。ぼとぼとぼとぼと……病院の床はつるつるしていて涙は染みこみません。カメちゃんはじっとミチルの心臓の音を聞いていました。


 ミチルがバレエに出会ったのは小学校に入る少し前のことでした。ある日、お母さんと本を返しに図書館に行って、お母さんがまた次に借りる本を探しているので、同じ建物内の児童館へ遊びに行くと、いつもは積み木とかボールとかおもちゃがたくさん置いてある、大きなお部屋がすっかり片付けられていて、そこで子ども向けのバレエ教室が開かれていたのでした。ミチルよりは少しお姉さんの女の子たちが集まっていて、きれいな形に足を折り曲げたり、腕を伸ばしたりしていてます。ミチルがわあっと思ったのは、その子たちのなかでもやや年長のお姉さんたちの着ている水色のレオタードと白いタイツ。人魚のひれみたいな、ふりふりの短いスカートがきれい。

ミチルはお部屋のいちばん後ろの壁に背中をくっつけて座り、みんなが練習するのを見ていました。全身真っ黒のぴったりしたセーターとパンツを着ている女の人が先生のようで、背筋がまっすぐで、細くて長い首の上にひっつめ髪のちいさな頭がちょこんと乗っています。ミチルは、真っ白な孔雀を思い出しました。先生は全身真っ黒なのだけれど。

 迎えにきたお母さんが、ミチルの目がぱっちり見開かれて、おでこがぴかぴか光っている、とてもキラキラした表情をしているので、
「ミチルもバレエ習う?」
と聞いたのでした。
 それから毎月一度の教室に通いつづけ、小学校三年生からは、児童館で教えているアヤミ先生が自宅で開いている教室にも週一回通うようになったのです。ミチルは今六年生です。
 バレエをはじめた最初のきっかけは、水色の人魚のレオタードでしたが、二番目の出来事が、ミチルにとって、バレエとの決定的な出会いとなりました。
 何回目かの児童館の練習の日、アヤミ先生が、ずいぶん大きな筒のようなものと、四角っぽい機械をかかえて、お部屋にやってきました。生徒たちが、お部屋に散らばっているおもちゃを片付けている間に、アヤミ先生は大きな真っ白いスクリーンを壁に掛けて、机の上に四角い機械を置いてガチャガチャその中をのぞきこんだりしていました。その日は、お部屋のカーテンを閉めて真っ暗にし、みんなで床に座って、映像を見たのです。それは、どこか外国のバレエ公演の映像で、途中、パチパチっと音が途切れたり、映像が止まったみたいになったので、ずいぶん昔のものだったのかもしれません。中心で踊る白いフワフワしたスカートの人の姿にミチルはどんどん惹きこまれていきました。その人は宙にひょーんと軽く飛び上がって、透明な羽根があるみたいに、ふんわりと着地します。ひらひらと、なんて楽しげなのでしょう。でもあるときその人は、透明な羽根がちぎれてしまったみたいに、ふるえて、地面に倒れてしまう。
 ミチルはこの人がなぜだか鶴に思えてしかたがありませんでした。いつかどこかでみた、……テレビか写真か……鶴たちが雪の世界で翼を広げたり閉じたりして踊るようにしている、雪に覆われた木々、ときどき積もった雪がどさりと地面に落ちて、でもその音はミチルには聞こえない、雪の粉が舞う、鶴たちの熱でそこだけ湯気が立っていて……夢のなかのようにどことは知れず、音もなく、妙にスローに流れてゆく景色。
 それからミチルは踊るときいつも、自分が鶴でいるような気持ちになりました。あの真っ白な世界で踊っている鶴。

 ミチルがバレエをどんどん好きになったのは、教えてくれるアヤミ先生が大好きで、そのアヤミ先生がいつもほめてくれたから、というのもあります。「ミチルの動きには情緒があるね」。お化粧していない素肌がつるんと輝いていて、茶色く透き通った大きな目、そこだけくっきりしている真っ赤な口紅の唇、その両端を引き上げてにっと笑顔になるアヤミ先生は、超かっこいいお姉さんで、アヤミ先生といると、なんだか無敵みたいな気持ちになります。ミチルが世界で一番きれいだと思う女の人は、お母さんとアヤミ先生なのです。
 それに、バレエ教室には一番大好きな友達がいます。それはソラちゃん。二人の通っている小学校は違うからソラちゃんとは、週一回だけ会えるのです。ソラちゃんはとても大人びていて、ドビュッシーが好きでチャイコフスキーはときどき嫌になる、のだそう。ソラちゃんもミチルのことをよくほめてくれます。「ミチルちゃんには才能がある」。ソラちゃんはバレエの音楽を作ったり、振り付けをする人になりたいらしく、いつか私が曲を完成させたらね、ミチルちゃん踊ってね、そう言ってくれたのでした。ソラちゃんは、ピアノも上手、英語も話せて、算数だってすいすいわっかちゃうすごい子です。ミチルはソラちゃんをとても尊敬しているのだけれど、それは何でも知っている、何でもできる、というのは、もちろんそうだけれど、一番の理由は別で、ただひとり見破った人だからなのです。
「ミチルちゃん、鶴みたいね」

 ソラちゃんがこの春にミチルに一枚の写真をプレゼントしてくれました。それはソラちゃんが撮ったもので、ミチルが踊っている姿がそこには写っていました。写真をのぞきこんだアヤミ先生が感心したように言いました。
「おお、いいねえ、ミチルの感じをよく捉えている、ソラは天才、ソラは天才」
「うん、これ自信作」
 写真のミチルは少しうつむいた横顔が何か少し悲しげで、でも、きっとすぐに顔をあげるのだろうと思えるのは、片手を高く頭上に伸ばしているから。この写真のなかの少女が自分だと思うとミチルは嬉しいような、でもどうしても見知らぬ人に思えるのが不思議でした。それに……鶴に、まったく似ていない。ただ、いつも鏡を見るといる自分よりもずっときれい(顔はあまり写っていないけれど)で、物語のなかの少女のよう。これがアヤミ先生のいう情緒ということなのかな……。これまでだって、自分の写真はたくさん見ているはずなのに、この写真はどの写真よりもその人の心が見えてくるような……ミチルは、これはたぶん本当の私なんだ……と感じたのでした。

 次の週に、このバレエ教室の一番大切なイベント、秋の児童館での公演の、演目と配役が発表になりました。千年の眠りに閉じ込められた王国。美しい森、泉、水晶の洞窟。眠れる世界の夢に迷いこんだ雪の精が、その夢の綴じ目を見つけて、糸をほどくようにして王国の眠りを覚ますという物語。ミチルはその雪の精役を任命されました。
 ミチルにはこの役が,これまでに演じたどの役より素晴らしいものに思えました。嬉しさで胸の辺りがチリチリして、身体の底から大きなエネルギーのかたまりが湧き上がってきます。これまでで最高の演技をしよう、ミチルは心に誓いました。知らないうちに緊張して、肩が持ち上がってこわばっている身体をほぐすように、息を大きく吸い込んで、お腹の底からふぅーっとゆっくり吐き出しました。
 秋の公演は毎年11月、二日間ダブルキャストで行われます。バレエの発表会は、ふつうはとてもお金がかかってしまうのですが、そのことを避けたいアヤミ先生が工夫して、児童館の部屋を借りて、衣装や舞台装置なども手作りで行っています。何年も続けるうちにかなりな評判になり、地域では有名な恒例イベントになっていて、毎年楽しみに見に来てくれる人も多いのでした。観客から募るカンパのお金もだんだんに増えて、それにつれて衣装なども凝ったものになり、かなり見ごたえのある公演に育ってきたのです。去年など、ミチルは大悪魔の子分の小悪魔の役でしたが、なんとファンレターが2通届いたのです。

 発表があった日からミチルの頭のなかは、雪の精のことでいっぱいで、アヤミ先生のところでの週一回の練習以外も、いつもどこでも、雪の精のことばかり考えていました。こんなに夢中になれるって、そうそうあることではないかもしれません。まあミチルは夢中体質の子なのかもしれませんけれど。でもだれでも恋などしたときには、そんな風なときがあるかもしれません。ミチルはかなり重症の恋愛患者なみで、あるときなど、それは国語の授業中でしたが、突然、ダンッと椅子を後ろに倒して立ち上がり、手を高く上げる魔法の杖のポーズをとってしまい、クラス中を唖然とさせ、つづいて大笑いされたのでした。そのあとで大きな拍手も湧き起こったのですけれど。

 ミチルはとても一生懸命でしたが、本人が気がつかない大きな変化が、このころに起きていました。それは踊ることが楽しくなくなっている、ということ。踊ることが苦しいということはあっても、それでもこれまでは楽しさは消えなかった、それなのに今はなにか、踊っているときにふっと息が止まるような嫌な感じがやってくるのです。そして、いつのまにか内なる鶴のイメージがどこかへ消えてしまった。そのことにもミチル自身気がついていないのです。鶴が消えたかわりに、ソラちゃんが撮ってくれた、ミチルの写真がふっと頭をよぎります。あれが私。あの感じが情緒なんだ。あの写真が浮かぶとき、ほんの瞬間、踊っている流れがつかえてしまう。アヤミ先生はそれを見逃さず、ミチル、失敗してもいいから思いっきり動いてごらん、何度そう言われても、ふっとつまってしまう。ふっと雪の精から離れてしまう。

 ミチルは鶴になって踊るときとても幸せでした。鶴になっているとき、生きている熱を内側で感じることができたからです。でもミチルはただミチルであるときだって、しっかり生きているはず。でも鶴であるときのほうが生きている実感がある。何が違うのか。鶴のときには、そう、生きていることを感じている、ということを感じることができる、そういうことなのだと思うのです。実感を実感する。
 演じるとはどういうことなのでしょう。それは、決してなりきれないものになりきってみることです。そこには実感と観察が生じます。ミチルがもし丸ごと鶴になりきってしまえばそれはもう演技ではなくなります。鶴になりきっているミチルを見るミチルがいるのです。なりきるところには実感があり、なりきれないところには観察がある。ミチルはミチルに、鶴は鶴になりきっているから、その喜び、悲しみ、鼓動、呼吸、そういうことを実感として感じることができるけれど、実感に捕まってしまって、感じている自分全体を発見することはできない。
 季節でいうなら、春から夏はなりきる、実感に降りていくとき。
 秋から冬は離れていく、そのものから離れてそれを発見するとき。
 誰でも何かになりきっていて何かからは離れている、だから春夏秋冬はいつでも同時に在る。
 演じるということは、春夏秋冬をいっぺんに意識してみようとすることのように思う。実感と観察を同時に起こす、喜び、悲しみ、鼓動、呼吸、その実感を見つめる。そうしたら、生きていることの意味がわかるかもしれないと思って、演じずには……歌ったり踊ったり書いたり……いられない。

 もし人が、私は私を演じているという意識をはっきりと持つ、この自分という現れは一過性のことだとはっきりと意識しつづけるのなら、ミチルが鶴を踊っているときのような喜びが、生命を実感していることの喜びが、ただ呼吸しているなかにも、一瞬も途切れることなく感ぜられるにちがいない。私は私というものにぎりぎりまでなりきってみようと決めて生まれてきたのではなかったか。私を演じる以前の私はどこにいるのか。

 ミチルは鶴になって踊っていたとき、それは鶴の形をマネしたのではなかった。形の中に発見したものを表現しなおそうとした。あるときから、自分の形をマネようとするようになってしまった。それは嘘の演技になる、嘘つきは苦しい。形と言葉につかまってしまった。
 ミチルは嘘つきのアーティストではない。アーティストは形を創造しつづける。ひとりとして同じ形の人間がいないということは、人類は嘘つきのアーティストではない。形を通して見つけたことを、また新しい形に表していくのが嘘のない演技。


 ミチルは秋の公演の直前に倒れて、今年、その公演に出演することはできませんでした。急停車した電車のなかで、床に倒れて頭を打ち、意識不明で病院に運ばれたのです。



 ジュズサンゴ、ムラサキシキブ、ハギ、ケヤキ、ウィンターコスモス、エゾノコンギク、エキナセア……。
 土に挿された白ペンキの木のプレートにある、草花や木々の名前を読み上げながら、ミチルは病院の中庭を散歩しています。頭を強く打っていたミチルは、一週間はベッドでじっとしていなければならなかったけれど、ずいぶんいろいろな検査をして異常なしとなり、あと数日様子を見て退院することになりました。

この病院の中庭はとても広くて、中庭というよりも、小さな丘を囲むようにしてコの字型に長四角の建物をぽんぽんと置いた、というようなふうです。空を遮るものもなく、ゆるやかに風が渡る気持ちのいい場所です。ところどころにベンチが置いてあって、飲み物の自動販売機もあるので、患者さんやお見舞いの人が暖かい飲み物を両手で包むようにして持ってお喋りしていたり、ぼんやりと花や空をながめていたりします。でも今日はもう秋もずいぶん深まって空気が冷たいので、中庭にほとんど人は見当たりません。金色に色づいた木々の葉がぱらぱらと、秋の光を乗せて降ってくるのがなにかの舞台装置のよう、現実離れした美しさです。

 コの字型の開かれた先は森につながっています。よく手入れされた庭とはうって変わって、森の近くは枯れ草がそのままに放置された色彩のない荒れ野です。森との境目に、白いペンキの剥げかけた木製の低い柵がありますが、ところどころ斜めに倒れていて柵というにはずいぶんたよりない。その先は木が鬱蒼として、別世界への暗い通路のよう。柵の手前にやっぱりペンキの剥げたあずまやが見えます。
 森のほうから風が吹いてきて、ミチルの頬をかすめていきました。風に小さな、透き通るような音が混ざっていて、あれ、と思ったら、あずまやのなかにひとり男の子が座っています。小さな横笛をうつむくようにして一心に吹いています。ミチルは小さな音に引き寄せられるように男の子のほうへ歩いていきました。
 あずまやの柱には、夏に伸びた植物の蔓が絡みついたまま枯れて、からからになった実から黒い種がこぼれそうになっています。屋根もまた、枯れた葉と蔓がぐしゃぐしゃに絡みあったかたまりに覆われて、猛々しい夏草の怪物に飲み込まれそう、そのすんでのところで、冷たい秋風がぴゅーんとやってきてぎりぎり助かった、そんなふうに見えます。
 枯れた怪物の大きな口の中に座っている男の子は、白っぽいパジャマに灰色のカーディガンを羽織っている、きっと入院している子なのでしょう。ミチルと同じ六年生か、中学校の一年生かそのくらい、子供と大人の真ん中くらい。
 あずまやの正面からミチルがのぞきこむと、男の子は笛を止めて顔を上げました。面白いものを発見したときみたいな、大きく光る黒い目でミチルをまっすぐに見つめます。
 あれ、誰かに似てる……。誰だろう、ええと、よく知ってる人……。あ、そうか!心のなかで、ひとり合点のいったミチルは、途端に男の子に打ち解けた気持ちになりました。男の子はソラちゃんに似ていたのです。顔立ちというのではなく、目つき、視線の感じがとてもよく似ている。

「きれいな音ですね」
「うん、木で出来てる、いい音だ」
「……今の、なんていう曲ですか」
「うん、題名はない、何となくの曲、何だと思う、きみ当てて」
男の子はまた笛を吹きはじめました。
……細い糸がするすると伸びて、木々の間を縫うようにして、ずっとずっと遠くまでつづく……。これは……。

「……川?かな」
「うん、なるほどそうともいえる。旅をイメージしていた」
「じゃあ次、これはどうかな」
……ふわふわ漂う、シャボン玉みたい、ぽわんと膨らんでは消えてまた現れる。あ、はじけた。
「夢?とか」
「うん、なるほど。今のは香り。きみ聞いてるとき踊っている。きれいだね」
「……あのね、バレエしてるから」
「うん、そうか。じゃあきみ何か表現してみて。ぼく当てる」
男の子の話し方は独特で、なんだか宇宙人みたいです。ミチルは楽しくなってきました。
「……うん、それじゃあね……」
 捻挫が完全には治っていない足首を少しかばいながらミチルは踊りました、怪物の口のなかに入ったり出たり。
……暖かい、金色の光の輪、すぐに過ぎてゆく、思い出みたいな……。
「うん、これは秋」
「うわあ、ほとんど当たり、落ち葉だったの」
「きれいだね」
 二回もきれいと言われて、ミチルはちょっと照れて、くすぐったいような気持ちでしたけれど、男の子の口調は宇宙人風で淡々としているから、ミチルもすんなり「ありがとう」と答えることができました。
「もうひとつ思いついた。踊る」
ミチルも少し宇宙人調になりました。
……チラチラと銀色、無数、無限、静けさ、鈴のような、カラスがぶつかりあうような、響き……。
「うん、これはすごい。これは銀河だよ」
「わあ銀河、うん、いちおうね、雪だったんだけど」
「うん、ああ、そう。そうだ、雪と銀河は同じだね」
男の子は、DNA一致みたいな調子で、きっぱりと言いました。

「ぼくひとつ思いついたよ。聞いて」
「うん」
……広げる、あ、これは翼。空、白く冷たい、踊るような……、え、これは……。
 ざっざざざという砂利の音で笛の音が消されてしまって顔を上げると、車椅子を押す女の人が黒い森を背にして立っていました。男の子は、すっと笛を止め、あずまやのすぐ脇に止められた車椅子に腰を下ろしました。
「うん、じゃあ時間だ。さよなら」
 ミチルはとてもがっかりしたけれど、気がつけば、夕焼けの空が燃えるように赤く、それはすぐそこに夜がやってきているということなのでした。
「うん、さよなら。……あのねー今の曲はね、何だったのー」
 行ってしまう男の子にミチルはちょっと叫ぶみたいに問いかけました。車椅子の向きを変えてもう横顔の男の子は、さらに押されて、後ろ向きになってしまいました。遠ざかる男の子が、両手を横に大きくひらいて羽ばたかせるみたいに上下に揺らしました。ミチルの心臓がドキンと大きく打ちました。やっぱりあの曲は……。

 真っ赤な夕焼け空は、急激に紺色の夜へ。男の子と女の人は、薄闇にまぎれるように消えてしまいました。

 次の日もその次の日も、もう男の子はあずまやには現れず、その翌日にミチルは退院したのでした。

つづく。。。
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# by shizukushizuku | 2014-11-21 04:22 | Comments(0)

サビアン日記304 -4 牡羊座06度から10度 チルチルの国ミチルの国 つづきのつづきのつづき

 4 ミチルの国 チルチルの国

 初降下の日、チルチルは六角形の雪の結晶となって地上にやってきました。降りていく途中、小さな雲のような白いもやもやが浮かんでいて、降りていくしばらくの間、その繊毛の先にくっついてしまって反対に上へと戻ってしまいましたが、もやもやは、ぷかぷかとのんきに浮かんでいたかと思ったら、あるとき急降下しはじめて、そのときにチルチルはその細い毛からぱらりと振り落とされ、またひとり、ふわりと上昇しては降り、上昇してはまた降り、それを繰り返しながら地上まで、ゆっくりゆっくり降りていったのです。
 ですからチルチルが地上に着いたのはもう薄闇の頃でした。すでに真っ白な雪が世界を覆いつくしています。チルチルは、雪の結晶たちが幾層か重なっている細い窓枠に止まりました。窓の中はオレンジ色の明かりが灯っています。中を覗くと、水色の短いドレスに白いタイツの女の子たちがたくさん集まっていて、跳びはねたり、きれいなポーズをとったりしています。あら、この女の子たち、私と同じ、踊りを練習している。チルチルは興味津々で窓のなかをじっと見ていました。
 全身真っ黒い服の女の人がお部屋に入ってくると、女の子たちは大きな輪になって床に座りました。音楽が鳴って、女の子がひとりずつ、輪の中心にでて踊り始めます。
 何人目か、チルチルはその女の子の踊りにとても惹きつけられました。これは冬の踊り……。雪の中で翼を広げる白い鳥……、こんな風に踊ることができるなんて……。地の国の人はなんと美しく踊るのでしょう、私もこんな風に踊りたい。



 初雪の、最後のひとひらだったチルチルは、積もった雪のいちばん上にいたので、次の朝、太陽の光が地の国に射し、あまねくものを照らしたとき、いちばんはじめに空気のなかへと浮かびあがったのでした。銀色の雪の結晶から、虹色にきらめく小さな光になって季節の国へと帰ります。
 その帰り道、小さな雲のような、もやもやっとした白いかたまりに出会いました。たしか上から降りてくるときにも出会っています。ぷかぷかと漂いながら、もやもやは、ふんふん何か歌っています。

 あ〜 雪の積もった日の晴れた朝はなんてすてきっきー チラチラ光の粒がいっぱいいっぱいお空をのぼってくー あ〜みんな一緒におさんぴできたら〜 もっともっと楽しいのに〜 あ〜でもしょうがない しょうがないったらしょうがない だって きいのちゃん、こうしょきょうふしょー ぱたちゃん、やこうせいー あとのみんなはおねぼうでさむがりー ああ しぃよぉおおうがぁああなーいー ふんふふふー 雪も、うんもんももまっしろしろー まっくろくろなのはー まっくろくろなのはー それはー おーなかのなーかー キラキラキーラ キラキラキーラ 雪どけは虹のいろー

 チルチルは、その歌にあわせて、もやもやの周りを二周巡ると、さよならを言って、ぐっとスピードをあげてぐんぐん上昇していきました。
 もやもやはもうずっと遠くに離れて、見えません。


 地の国から戻った季節の使いたちは、たいていの場合、地上で見聞きしたことは忘れてしまいます。ただその色、音色、香り、優しさ、悲しみ、そんな色々のことが淡い印象として残っているだけです。ところがチルチルは、あのオレンジの光のなかで踊る女の子のことを、季節の国に帰ってきた今も鮮やかに憶えているのでした。そして踊るときにはいつも、その姿を思い浮かべるようになりました。
 あるときチルチルは気がつきました。高く掲げた腕の片方が、ふっと消えたみたいに透き通ったのです。
 
 わたしはうつろいになった。

 チルチルはうつろう。その行く先は……。
 
 チルチルには、それがもう、わかっています。


おわり
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# by shizukushizuku | 2014-11-21 04:21 | Comments(2)

サビアン日記303 牡羊座01度から05度 有頂天ヘラクレイトス

牡羊座01度
●海から上がったばかりの女性をアザラシが抱いている
★未知の世界を見にやってきました

牡羊座02度
●人間の本質を明らかにするコメディアン
★未知の世界でどうしていいかわからないから、とりあえずそこにいるヒトをじっーと観察してマネしてみる

牡羊座03度
●カメオに彫られた男の横顔が彼の祖国の形を暗示している
★その世界のエネルギーを蓋を全開にして吸収

牡羊座04度
●秘密の散歩道をブラブラ歩くラブラブの恋人たち
★キミとボクだから、ボクはボクなんだってわかるんだね

牡羊座05度
●羽根のある三角
★ボクの真実は宇宙語じゃないとあらわせないのだもー


牡羊座01度から05度のおはなし


有頂天ヘラクレイトス

その夜にステンドグラスの赤い丸ガラスは割れてしまった。つなぎ合わせたら、まるで二つの横顔が向かい合っているよう。帽子ばかり見ていると時々不思議に思います、球を二つに割ったようなものがなぜこんなにもたくさん並んでいるのかと。割れて欠片になる、あなたと私になった私たちは互いを見つけるでしょう、砕け散った私は世界と出会う。失われた平安を忘れるよりも先に。


 嵐の夜です。
 屋根裏部屋の窓から暗い空を眺めている娘がいます。ときどき空を走る稲妻の美しさに見とれているのです。暴風が木々や家々を震わせ雨粒が激しく窓を叩きます。けれど娘の世界はとても静か、娘は生まれつき耳が聞こえません。ビュウーンという風の恐ろしげな唸りも、稲妻の後にやってくる世界を引き裂くようなバリバリドーンという音も娘は知りません。ただ、嵐のときの空気の重さとその圧力、重い風が近づいてくる気配は敏感に感じとることが出来ました。

 娘は嵐が好きです。嵐のときにはとても静かな気持ちになる、それと同時にざわざわと全身の血液が震える、そして頭の中心に重く静かなずんという感覚がやってくる。それは教会でみんなの合唱に包まれているときの感じに似ています。嵐は神さまの息吹、天空の神々が地上に降りてくるとき嵐が起こるのだろうと娘は思っているのです。
 屋根裏部屋の窓は、縦長のてっぺんにステンドグラスが嵌め込まれています。とても大きな両開きの窓です。厚いガラスに打ち付けられる雨、木の葉を吹き飛ばしていく大風、娘は、その空気を直接肌で感じたくなって窓を少し開けてみました。

 ほんの少し、と開いた途端左右の窓は風にさらわれ全開になりレースのカーテンは荒れた波のよう、ちぎれんばかりにたなびいています。こうなっては窓はもう娘の力で閉じることはできません。部屋に雨が吹き込みます。窓辺に立つ娘も強い雨に目を開けていられません。ある拍子にやってきた逆向きの風で両窓はやっと内側に戻り、娘は慌てて鍵を閉めたのでした。部屋のあらゆるものが倒れ濡れた木の葉や小枝が床や壁に張り付いています。大変だぁと思いながらも顔に当たった雨は爽快で娘はなんとなく愉快な気分でもありました。散乱したものをひとつひとつ元の位置に戻します。しっちゃかめっちゃかにかきまざった部屋は新しいエネルギーの渦が起きていて、元に戻されたノートもペン立てもハンカチも新しい表情です。

 娘はお針子で、帽子を専門に作っています。娘の作る帽子はデザインや色使いが評判で、お得意さまの多くは、歌手やダンサーなど独創を好む人たちでした。彼らの注文の仕方は変わっていて、歌詞やダンスのタイトルそのまを娘によこし、そのイメージでよろしくというもの。それで今作っている帽子は「有頂天」「こころ」「オジゾウサマ」「ヘラクレイトス」。
 「有頂天」に風に飛ばされてきた木の葉が張り付いています。有頂天は帽子全体を黄色とブルーの羽根が覆うデザインで合間合間に長い白い羽根を縫いこんであります。有頂天にくっついた木の葉の黄緑色は全体の羽根の色をより鮮やかに見せていました。娘はフェルトで葉を作りつけ加えることにしました。なんだか素敵な仕上がりになりそうです。注文主の歌手がこれをを被っているのを思い描くと娘は楽しくなりました。木の葉を帽子からはがすと葉の後ろで何かがこそっと動きました。木の葉は床に落ちて帽子にはこそっと動いた何かだけが残りました。そぉっと顔をそばに近づけます。

 そこにいたのは、たぶん妖精です。ちいさな人の形、透けるような羽根が背中にくっついているというとおそらく…。じっと見ている娘のほうを妖精も目を見開いて見つめ返しています。しばらくすると妖精は宙を手探りするようにしながらよろよろと帽子のつばの上を歩き始めました。つばが円いことに気が付いていないのか、妖精はよろめきながら有頂天を三周しました。それからがっくりとしゃがみこみ頭をうなだれて動かなくなってしまいました。

 妖精の羽根は雨風のせいか破れてぼろぼろです。探るような手つきは目が見えない人を思わせます。きっととても疲れていて自分がどこにいるのかわからないのでしょう。娘はコサージュ用の造花がこんもり盛ってある美しい箱の隅にオレンジ色のハンカチを敷きその上に飛んできた木の葉を何枚か置きました。それからそっと妖精のいる帽子を持ち上げ、その木の葉の寝床に近づけました。ぼんやりと顔をあげた妖精は、よろよろと寝床に歩いていき葉っぱの中にもぐりこみました。

 次の朝、嵐は止み差し込む朝日の眩しさで娘は目を覚ましました。妖精は木の葉の寝床にはいません。消えてしまったのかしら、それとも夢だったのかしら。いいえやはり夢なんかではありませんでした。妖精は昨日の夜自分が飛込んできた東向きの窓の下に座りガラスにもたれていました。顔を太陽に向けて光を吸い込んでいるかのようです。ときどき辺りの様子を確かめるように窓や床を手で探ります。やはり目が見えないのかもしれません。娘は妖精に新鮮な水とクッキーのかけらを用意しました。窓辺に木の葉を置いてスポイトで水を一滴落としました。すると、玉になった雫に顔を寄せとても優雅な様子で妖精は水を飲みました。クッキーには気が付かない様子。

 妖精は何があるのだろうかと訝しむようにじっと娘のほうに目をこらしています。そうだと思いつき娘は虫眼鏡を妖精の前に置いてみました。虫眼鏡ごしに娘を見つけた妖精は、あっと驚いた顔のまま娘を凝視しています。娘はゆっくり頭をさげて挨拶しました。一拍おいて妖精もちょこんと頷くように首を縦にふりました。ふたりは同時に微笑みました。妖精は両手で虫眼鏡を抱え部屋の中を見渡しています。

 娘と妖精は打ち解けてとても仲良くなりました。娘の部屋が珍しいらしい妖精は、よろめきながらもあちこち歩き回り探検を楽しんでいるようでした。特に有頂天はお気に入りで、てっぺんによじ登っては手を叩いて歌い踊ります。それに合わせて娘が手を叩くと、妖精は大喜び、口をパクパクさせて一緒に歌おうと誘います。けれど娘は耳が聞こえないので声を出すことが出来ません。娘は妖精の前に虫眼鏡を置き、耳を指さした後に顔の前で指をバッテンに交差させました。妖精はきょとんとしていましたが、すぐにピンときたように頷きました。

 妖精は元気に跳ね回っていますが、羽根は相変わらずぼろぼろで飛ぶことができません。羽根は時が経てば再生するものではないのかもしれません。ときどき妖精は「オジゾウサマ」の横でじっとしています。オジゾウサマは石仏に雪が積もっているのをイメージした白とグレーの帽子です。「こころ」の花びらの奥では大きく息を吸い込み鼻の前で優雅に指を動かします。とてもいい香り、ということでしょうか。こころは池に薄紅の蓮が浮かんでいる形の帽子です。「ヘラクレイトス」は白地が角度によってオーロラ色に変光する生地で出来ています。帽子から垂れた布が流れるように肩にかかります。ヘラクレイトスの前では、とうとうと流れる大河のように妖精は踊りました。

 その夜、妖精は娘の針仕事を眺めていました。細く開いた窓からの風がさらさら頬をなでていきます。娘は白いレースの縁に銀糸とスパンコールで刺繍をしています。銀色の輝く流れが娘の指先から生まれていきます。妖精にとってそれは魔法でした。ふと針の動きが止まり娘の指から赤い血がプクンと膨らみポチンと机に落ちました。娘は慌てて指を洗いに立ちました。妖精は小さなビーズのような赤い血を見ていました。ふっと古くからのいい伝えを思い出していたのです。

 “人間の赤い血は我々妖精のあらゆる病や怪我を治す力がある。ただしそれは善人の血でなければならない。悪人の血に触れた妖精はその後二度と飛ぶことができないばかりか悪人の地獄の穴に共に落ちてゆくことになる。善人と悪人の判断はとても難しい。善き魂が悪に墜ちていることもあるのだから。それゆえ賢者の判断を仰ぐことなくしては決して人の血に触れてはならない”

 妖精は目を閉じて娘のこころの香りを吸い込み、オジゾウサマになって自分の内面を見つめ、それから有頂天に駆けあがりそこから飛び降り、こころを決めて娘の血に指を浸しました。

 娘が机に戻ると、いつの間に変身したというのか、金色に輝く妖精が首をかしげて微笑んでいます。花にとまる蝶のように羽根をゆるやかにひらいたりとじたりしています。軽く羽ばたいた妖精は娘の手の平に乗り目を指差してぱちぱち瞬きしてみせます。なんと妖精は羽根が治ったばかりか目もはっきりと見えるようになったのです。つと後ろを向いた妖精が両手で顔を覆っています。嬉しくて泣いているのかと思うと、娘も嬉しくて涙がこぼれました。向き直った妖精は両手にささげるようにして光る緑の玉を持っています。その玉は、よく見ると輪郭が揺らめいていて丸い炎のようです。妖精はその玉を娘に差し出しています。娘は緑の炎を指先で受け取りました。その途端世界がぐらりと大きく揺れ激しい振動で娘はまっすぐ立っていることができなくなりました。思わず両手で耳を押さえます。

 妖精が小さな手で娘の手を引きます。細く開いた窓をすりぬけて、ふたりは夜の空に舞い上がりました。街の明かりが眼下にみるみる遠のいて、反対に星に近づいていきます。娘は気が付きました、身体の中で止まないゴゴゴゴという振動、これが音というものなのだと。この振動をもともと娘は知っています、けれどもそれが外側から風のように吹き込んでくる、これは娘には初めての体験でした。初めて、でもどこかで知っている、これは水に落ちていくときに聞いた音。自分の蓋があいて、内側が外側にひっくり返るみたいです。溶けていなくなる、でもそれならそう感じているこの私は誰なのでしょう。

 金銀の星の海に浮かぶ青い地球、その上空を猛スピードで巡ります。鳴り続けるゴォーという響きは、ふたりが風をきる音なのかそれとも地球が回る音なのか。ふたりは夜をまたいで朝の世界へ。太陽が小さな帽子のように地球の向こうから顔をのぞかせると、その光が溶け流れたかのように地球の弧が金色に輝きます。海は透明な闇から青い水晶へ。黒い夜も青い朝も地球は水晶のように透明です。まるで澄んだ瞳のよう。やがて朝がまた滲んで夜になり、ふたりは屋根裏の部屋に戻っていました。
 次の朝、娘の耳はもとに戻り聞こえませんでした。妖精の羽根はピンとして飛ぶことができるし、目も虫眼鏡なしで見えます。ただ妖精の右の目は閉じたままです。妖精が娘に差し出した緑の玉は妖精の右目だったのです。娘は気が付き驚いて泣きました。妖精は一生懸命に娘の血が自分の羽根と目を治したことを伝えました。そして妖精が右目を差し出したのはお礼でもありそれが掟でもあったからなのだと。娘は理解し頷きました。けれど娘は知らないでしょう、緑の玉を渡したとき妖精はなぜだかとても嬉しかったことを。羽根が治ったことより目が見えるようになったことよりずっと嬉しかったということを。それは妖精にとっても意外なことでした。右目を捧げたとき妖精の胸には花が開いたかのようでした。その花びらが、こころをそーっとなぞって嬉しさが全細胞に行き渡ったのです。娘は妖精にちいさな眼帯を作りました。緑と青のグラデーション、ふたりで見た地球の色の眼帯です。

 妖精はその日からときどき外に出かけて行きました。あるときに小枝と石を拾ってきました。またあるときには全身にくもの巣を絡めて転がるようにして帰ってきました。娘は笑って糸をほどくのを手伝いました。その糸は妖精の琴の弦になりました。木の枝とくもの糸で妖精は小さな竪琴を作ったのです。娘はその見事な出来栄えに驚き大きく拍手しました。妖精も満足気です。
 妖精は夜になると窓辺でその竪琴を奏でました。娘にその音色は聞こえないけれど、月光に照らされ琴の弦を弾く妖精はなぜだか寂しそうで、娘もやはり悲しくなるのでした。七日目の夜、妖精は娘にヘラクレイトスを被ってほしいと頼みました。娘はそっと頭にヘラクレイトスを乗せました。オーロラ色に輝く生地が肩に流れます。妖精は美しい娘を見て微笑みました。
 澄んだ空気に星星がさやかです。妖精の演奏が始まりました。娘はなぜだか泣けてきました。空から小さな光が舞い降りてきました。それは妖精とそっくりの妖精、でもそっくりなほうは精悍ですからきっと男の子なのでしょう。娘に一礼した男の子の妖精は分厚いレンズの眼鏡を竪琴を抱えている妖精に手渡しました。もう眼鏡は必要ないのだと説明したのでしょう、男の子の妖精は娘にさらに深くおじぎをしました。

 行ってしまうのだな、ヘラクレイトスの上を涙の粒がこぼれ落ちてゆきます。ふたりの妖精は飛び立って深い紺色の空に吸い込まれるように消えてゆきました。窓から乗り出して見送る娘を、妖精も見えなくなるまで何度も何度も振り返りました。
 そのとき娘の家の前を若い詩人が通りがかっていました。屋根裏の窓からすーっと昇っていくふたつの光を、あれは一体なんだろうと見上げていたのです。それから、その窓から身を乗り出している、薄布に包まれた横顔がなんとも美しい娘を見つけました。詩人の胸が、どきんとひとつ鳴りました。



ジオセントリック(地球から太陽をみる)牡羊座01度から05度のときの
へりオセントリック(太陽から地球をみる)の流れ

天秤座01度
●ピンで刺された蝶の標本
★見せるために自分のあり方をわかりやすく固定する

天秤座02度
●体験が永遠の創造性へと変化する 6が7へ
★見られる、知られる、係わりのなかで無限に新しい自分が生まれてゆく

天秤座03度
●新しい日の夜明け、すべてが変わった
★関係性の新しい渦が生まれる 新銀河系

天秤座04度
●キャンプファイヤーを囲む仲間たち
★仲間との交流、交流によって息することができる、例えば金星と木星のアスペクト

天秤座05度
●新しい世界を建設可能にする内的知識を開示する男
★キャンプファイヤーの中心の炎、最初の原動力の開示


天秤座01度から05度 太陽から地球へ
ひとりひとり、太陽を巡る惑星のよう
色んな顔をしている、全員、太陽の子
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# by shizukushizuku | 2013-10-02 21:59 | Comments(0)